インサイダー取引規制の甘さ

インサイダー天国ニッポン 甘い規制で海外ファンド“野放し”(産経新聞 2012日5月13日)


公募増資に絡む内部情報の相次ぐ漏洩(ろうえい)が証券界を揺るがしている。中央三井アセット信託銀行(現三井住友信託銀行)が野村証券の担当者から得た情報を元に株を売買し、不正利益を得たことが3月に発覚。4月にはSMBC日興証券が事前に得た増資情報を元に顧客を勧誘していたことが明らかになった。金融庁は規制強化に乗り出しているが、「インサイダー天国」の汚名をそそぐ“特効薬”は見当たらず、投資家の日本離れはさらに加速しかねない。


日本の資源開発を牽引(けんいん)する国際石油開発帝石。その増資計画を中央三井アセットのファンドマネジャーが知ったのは、平成22年6月30日のことだった。実際の増資の発表は7月8日。増資の主幹事である野村証券の女性営業担当者から、1週間以上も前に情報を得たのだ。

増資で発行済み株式数が増えれば1株当たりの価値が減るため、株価は下落することが多い。ファンドマネジャーは、7月1、7日に空売りも含めて210株を約1億円で売り抜け、1400万円の運用益を得て顧客に還元していた。

公募増資の場合、証券会社の投資銀行部門に新株発行時期など重要な情報が集まる。このため、部屋の出入り口を部外者と分けたり、電話の録音や防犯カメラで入退室を監視するなど、情報を遮る壁「チャイニーズ・ウオール(万里の長城)」を構築してきた。だが、私的な携帯電話やメールを使えば「遮断はほぼ不可能」(関係者)だ。

野村は3月下旬に社内調査に着手したが、全容解明には至っていない。調査が難航する中、証券取引等監視委員会は先月25日、定期検査が終わったばかりの野村に対し異例の「特別検査」に踏み切った。これを機に一部の機関投資家は野村との取引を見合わせているとされ、業界では一段の「野村離れ」を予想する声も出ている。


一方、日興はインサイダー情報を使って組織的に営業を展開した。22年1月に三井住友フィナンシャルグループ(FG)の増資情報が65支店に伝わり、うち8支店で実際に顧客に新株の購入を勧めていた。

監視委は、顧客らが三井住友FG株を空売りするなどの「インサイダー取引を行った事実は確認していない」としている。だが、問題発覚後に日興が行った情報管理研修などの対策が「再発防止策になっていない」として、4月13日に金融庁に対し行政処分を行うよう勧告した。

監視委が情報漏洩に厳しい姿勢で臨んでいるのは、東京市場の信頼が地に落ちたためだ。22年の東京電力日本板硝子などの増資でも株価が増資の公表前から不自然に急落。ヘッジファンドなどの空売りが疑われ、海外から「日本市場はインサイダーの温床だ」との非難の声が上がっていた。発覚した野村、日興の例は「氷山の一角」ともいわれ、市場関係者の間では「監視委の摘発はなお続く」とささやかれている。


日本でインサイダー情報の漏洩が続くのは“大甘”ともいえる規制のせいだ。欧州では世間話でも情報を漏らせば、情報を得た側が不正取引を行ったか否かに関係なく罰せられるが、日本では情報を流出させた側は罪に問われない。刑事罰も海外では実刑が珍しくないが、日本では執行猶予がつくケースが大半だ。

課徴金も少なく、勧告を受けた中央三井のケースではわずか5万円。ある外資系証券の運用者は「少なすぎて笑い話になった」と苦笑する。

日本証券業協会は増資を実施する際に、機関投資家に対してどの程度の増資を引き受けるのかを事前に打診する行為を禁じている。だが、空売りを仕掛けたとされる海外の証券会社やファンドは対象外で、事実上“野放し”。監視委が海外ファンドを調査しようとしても、外国語での文書作成や、法務省や外務省、大使館など複数の機関をまたぐ膨大な作業が伴い、「特に重大な事件以外は手が回らない」(関係者)という。

事態を重くみた金融庁は、海外ファンドを不正取引の課徴金制度の適用対象に加える金融商品取引法改正案を今国会に提出するなど規制強化を図るが、「抜本的な対策にはほど遠い」(大手証券)のが現状だ。

東証1部の昨年の売買代金は341兆5875億円と、20年に比べ4割も減少、東京市場地盤沈下は深刻だ。再浮上を狙い、東証は来年1月に大証と合併するが、規模だけでは投資家の信頼は得られない。早大大学院法務研究科の黒沼悦郎教授は「証券会社が営業姿勢を根本から見直し、規制強化を急がなければ、グローバル化が進む金融市場から見放される」と警鐘を鳴らしている。


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