「礼を以て其容を飾る」がない菅直人

東京特派員・湯浅博 ああ、引き際は「礼を以て」産経新聞 2011年8月4日)


菅直人首相は大政を総理する日本の統率者である。言葉と振る舞いは「礼を以(もっ)て其容を飾り、詩を以て其辞を修」めなければならない。明治の外交家、陸奥宗光の言葉だ。

ところが、首相の政治は礼どころか、気のきいた洒落(しゃれ)も味気もない。仏頂面で部下を怒鳴り、カメラの前では不自然に破顔一笑をする。ご本人は自分の笑顔が気に入っているようだが、敏感な子供たちは「キモイ」と言ってるそうだ。

その政策も振る舞いも、国民との認識の差が大きい。それは支持率15%の落ち込みに表れているが、本人は権力の魔力に憑(つ)かれてか少しもめげない。市民派政治家は国家より市民、組織より個人だから、国家の沈没は気にならないらしい。

衆院不信任決議案が出ると、辞任を装ってこの薄氷を乗り切った。騙(だま)されたと知った前首相は、怒りに任せて「ペテン師」なる呪符を張った。お二人とも陸奥のいう「礼文修辞之術」など望むべくもない。

不信任決議案は1国会に1度しか提案できない「一事不再議」という慣習がある。慣習なら緊急時には変えればよさそうだが、議事進行の方便として破るわけにはいかないそうだ。つまりは頭が固い。

すると、野党から「それなら与党が信任決議案を出せば」とのアイデアが寄せられた。信任案が否決されれば、事実上、菅首相の不信任が成立するという奇策である。そういえば、本紙に連載した「歴史に消えた参謀」の元陸軍中将、辰巳栄一が残した手記の中に英国の信任決議案に関する興味深い記録があった。

当時のチャーチル英首相は、1942年7月までの2年間に、ギリシャ戦、極東戦、北アフリカ戦でいずれも敗北した。そのたびに、引き続き指導者としてその任にあるべきか否かの信任を議会に問う。圧巻なのは信任投票の結果で、それぞれ447対3、464対1、476対25で、圧倒的な支持を受けた。

極東戦とは日本軍による英領マレーでの戦いを指している。チャーチルシンガポール陥落や戦艦2隻撃沈の大敗北でも、その事実を認めて隠さなかったのだ。軟禁中の辰巳駐英武官は、危機に直面した英国議会制民主主義の強さを描いていた。

日本は残念ながら、ミッドウェー海戦インパール作戦の敗北の事実を隠した。そのために、国民の間に政府への疑心暗鬼が生まれた。

失政の逃げ口を探しまわる菅首相に、チャーチルのような覚悟はありようがない。昨年夏に「消費税引き上げ」を掲げたかと思えば、世論の反発ですぐ撤収。秋以降は、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加表明である。いずれも信念で政策を目指したわけではないから、「ウケが悪い」とすぐ変える。

首相は3・11の東日本大震災を経て、耳に心地よい「脱原発」に行き着いた。ここから一点突破して、震災対策の不手際をかわす戦術だ。だが、これもウケ探しにすぎないから、全体の政策シナリオがない。

経産省原子力安全・保安院による「やらせ」問題も加わると、いじめ相手を前に大はしゃぎだ。菅首相よ、もうこれ以上、国民に疑心暗鬼を抱かせるな。厚相時代の薬害エイズとは違う。保安院の失敗は、指揮官としてあなたの責任ではないか。

せめて、引き際は悪あがきをやめ、「礼を以て其容を飾る」ことをお勧めしたい。

菅直人に「礼を以て其容を飾る」なんかない。引き際の悪あがきをするだけ。

国家の法や組織のルールに則って、菅直人の権力を剥奪していくしかない。
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